解説

ネイチャークレジット入門|TNFD時代の新たな自然投資メカニズム

The Big Picture

TNFD採用企業620社超、運用資産20兆ドル超の金融機関が参加する中、「開示」の次のステップとして「貢献」への関心が高まっています。ネイチャークレジットは、その貢献を測定可能な形で示す有力な手段です。

🧐

Why it matters

TNFDは「開示」のフレームワークであり、「貢献」の手段ではありません。

TNFDとネイチャークレジットの関係

TNFDが求めるもの

2023年9月に最終勧告が公表されたTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業・金融機関に対し、自然への「依存」「影響」「リスク」「機会」の開示を求めます。4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク・影響管理、指標・目標)に沿った情報開示により、自然関連の財務リスクの可視化を目指しています。

開示と貢献のギャップ

TNFDは開示フレームワークであり、自然への「貢献」を直接求めるものではありません。しかし、開示を行えば「では何をしているのか」という問いが生じます。特にStrategy(戦略)やMetrics & Targets(指標・目標)の開示において、自然への積極的関与をどう示すかが課題となります。

ネイチャークレジットの位置づけ

ネイチャークレジットは、生物多様性の保全・回復成果を定量化・検証可能な形で証明する仕組みです。TNFD開示において、自社の影響低減策とともにクレジット購入による「貢献」を示すことで、より包括的な自然関連戦略を提示できる可能性があります。

TNFD開示企業の現状と課題

採用状況

2025年7月時点で620以上の組織がTNFD採用にコミットし、1,800以上の組織がTNFDフォーラムに参加しています。運用資産20兆ドル以上の金融機関、時価総額7兆ドル以上の企業が含まれます。日本からも多数の企業が参加しています。

企業が直面する課題

TNFDの2025年調査によれば、企業が直面する主な課題は以下です。

  • データの可用性と品質:水資源・廃棄物以外の自然関連定量指標への不慣れがあります
  • 場所特性:自然データは地域特性を持ち、グローバル企業には複雑です
  • 目標設定の難しさ:気候以上に「何をどこまで」の判断が困難です

興味深いことに、調査回答者の63%は、自社が直面する自然リスク・機会は気候リスク・機会より重要だと回答しています。

TNFD開示企業によるネイチャークレジット活用シナリオ

シナリオ①:バリューチェーン外での貢献

自社のバリューチェーン外で実施される保全・再生プロジェクトからクレジットを購入し、「自然への貢献」として開示します。IABPの「Evidence-based Contributions(証拠に基づく貢献)」に該当します。自社影響との相殺主張は行わず、あくまで追加的な貢献として位置づけます。

シナリオ②:サプライチェーン内でのインセッティング

自社の原材料調達地域など、サプライチェーン内での保全・再生活動に投資し、クレジット化します。調達リスクの低減と「貢献」の両面で合理性があります。特に農業、食品、アパレルなど自然依存度の高いセクターで有効です。

シナリオ③:規制対応としてのオフセット

英国のBiodiversity Net Gain制度のように、土地開発に伴う法的義務として生物多様性クレジットを購入するケースです。日本でも将来的に同様の規制が導入される可能性があります。この場合、クレジット購入は「貢献」ではなく「義務履行」となります。

TNFD開示企業の実務上の留意点

ミティゲーションヒエラルキーの遵守

自社の自然への悪影響を縮小せずにクレジット購入で「貢献」を主張することは、グリーンウォッシング批判を招きます。回避(Avoid)→削減(Reduce)→再生(Restore)→変革(Transform)の順序は大前提です。クレジット購入は、これらの取り組みを補完するものとして位置づけるべきです。

クレジット品質の見極め

市場は黎明期にあり、方法論・ガバナンスの成熟度はクレジットスキームによって異なります。追加性、永続性、MRV(測定・報告・検証)、社会的セーフガード、ガバナンス体制を慎重に評価する必要があります。

コミュニケーションの慎重さ

クレジット購入を「オフセット」や「ネイチャーポジティブ達成」と直接結びつける主張は、専門家やNGOからの批判を招くリスクがあります。「貢献」として控えめに位置づけ、自社の影響低減努力とのバランスを明確に示すことが重要です。

SBTNとの連携

TNFDとSBTN(Science Based Targets Network)は相互補完的な関係にあります。TNFDのLEAPアプローチ(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)で特定した優先課題に対し、SBTs for Natureで科学に基づく目標を設定します。両者の実施はシナジーを生み、より包括的な自然関連対応が可能となります。

SBTNのパイロット企業からは、TNFD開示準備において「SBTNの作業で発掘したデータや知見が役に立った」との声が報告されています。

今後の展望

ISSBがTNFDと連携しながら自然関連開示基準の策定を検討しており、将来的には自然関連開示が気候開示と同様に主流化する可能性があります。その際、「開示内容に見合った行動」への期待も高まり、ネイチャークレジットを含む自然投資メカニズムの重要性は増すと予想されます。

企業にとっては、まずTNFDに基づく評価・開示を進めながら、ネイチャークレジット市場の動向を継続的にモニタリングし、段階的に関与を深めていくアプローチが推奨されます。

参考文献・出典

  • TNFD (2023) “Final Recommendations”
  • TNFD (2025) “2025 Status Report”
  • UNDP (2025) “Supporting nature-related financial disclosures”
  • IAPB (2024) “Framework for high-integrity biodiversity credit markets”
  • Science Based Targets Network (2025) “SBTN Corporate Manual”
  • California Management Review (2025) “Aligning Business Strategy with Nature: The Role of TNFD”

自然資本領域の事業開発・調査を支援します。

お問い合わせ